わたしの世界をひろげた本―まなナビ・リレー連載(8: K)

さんかくすと文がえます

本日の紹介者

K
K

こんにちは。算数数学すうがくのデスク・ナビゲーターのKです。リレーも8回目となり、読者どくしゃみなさまにもおなじみになってきたころでしょうか。

M近さんの「青い天使」の紹介、お読みになりましたか? 「うれしい」という気持ちを率直そっちょくに伝えること、自分じぶん相手あいて大切たいせつにすること、一見当たり前のようなことが出来ないこともあります。「青い天使」を読むと、大切たいせつなことを思い出したり、M近さんのレビューにあるようにうつくしい場所ばしょに思いをせられるかもしれませんね。

今回、私が紹介しょうかいさせていただくお話は、檸檬れもんです。心の奥底おくそこ刺激しげきしたような話だったのです。自分じぶん内部ないぶにあるこまかな感情かんじょう表現ひょうげんするということ、よろこびを感じるということや錯覚によって現実げんじつからの離脱りだつこころみるという手段を知ったような気がしました。それを「世界せかいひろがった」「見る世界せかいが変わった」というのでしょうか。そんなことをかんがえながら、書いてみました。

檸檬

著者ちょしゃ:梶井基次郎

サピエ 点字てんじデータ:あり サピエ デイジーデータ:あり

出版社しゅっぱんしゃ:新潮文庫

出版年しゅっぱんねん:2003年

ISBNコード:978-4101096018

 概要

著者ちょしゃ梶井基次郎かじいもとじろうさんは1925年に「青空」を創刊そうかんし、『檸檬れもん』『しろのあるまちにて』『路上ろじょう』を発表はっぴょうしました。1932年に肺結核はいけっかく悪化あっかにより、31さい逝去せいきょしました。今回は、そのうちの『檸檬れもん』という短編小説たんぺんしょうせつです。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。

から始まるこの小説しょうせつでは、「私」の孤独感こどくかん鬱々うつうつとした気分きぶん繊細せんさいに描かれています。「不吉ふきつかたまり」になやまされる「私」は、「見すぼらしくて美しいもの」にきつけられていきます。

本について

梶井基次郎 『檸檬』 | 新潮社
31歳という若さで夭折した著者の残した作品は、昭和文学史上の奇蹟として、声価いよいよ高い。その異常な美しさに魅惑され、買い求めた一顆のレモンを洋書店の書棚に残して立ち去る『檸檬』、人間の苦悩を見つめて凄絶な『冬の日』、生
檸檬
文庫「檸檬」梶井 基次郎のあらすじ、最新情報をKADOKAWA公式サイトより。私は体調の悪いときに美しいものを見るという贅沢をしたくなる。香りや色に刺激され、丸善の書棚に檸檬一つを置き--。現実に傷つき病魔と闘いながら、繊細な感受性を表した表題作など14編を収録。

本との出会い

出会いは、教科書きょうかしょでした。高校こうこう3年生の国語こくご授業じゅぎょう。何だか「感じる」ということを忘れてしまいそうになる、受験じゅけんの年でした。息苦しさをも感じさせる教室きょうしつで、『檸檬れもん』の読解どっかいが始まりました。不確実ふかくじつ将来しょうらいを目の前にする高校生の自分たちの多くが憂鬱ゆううつな気分を持っていたことと思います。ノートのすみに、無意識むいしき檸檬れもんの絵を書いていました。放課後ほうかごには、友人と語りながら校内を歩いたことを思い出します。『檸檬れもん』から始まった話の数々が、自分たちを押さえつける現実げんじつきびしさをまぎらわせたかのようでした。

れもん

教科書きょうかしょで出会って2年がつ今。あらためて読み直すと、当時とうじよりもひびくものとして、新しい小説しょうせつとの出会いであるかのように感じました。これは私にとって、2回目の新鮮しんせんな出会いかもしれません。

この本が拡げた世界

梶井基次郎かじいもとじろうさんがえがく、彼にしかえがくことができないであろう心理描写しんりびょうしゃが気に入りました。言葉ことばに表しきれないような鬱々うつうつとした気持ちを想像そうぞうさせる描写びょうしゃと、それに相反あいはんする数々かずかずの美しさ。情景じょうけいや様々な色彩表現しきさいひょうげんを交えて、複雑ふくざつな気持ちがえがかれています。これがあまりにも絶妙ぜつみょうでした。

想像そうぞう現実げんじつりつぶすことができるかもしれないことに気がつきました。視覚しかく聴覚ちょうかく触覚しょっかく味覚みかく嗅覚きゅうかく刺激しげきさせるような文章から、色がこんなにもたくさんあるんだ、こんな音がしてこんなにおいがあるんだ、とおもいました。私には、世の中が真っ黒に見えていたのです。長らく、単純たんじゅんうごき、ひびく音、すずしさ、冷たさ、明るさの何も感じることがなくなっていました。そんな私の心をさぶらせたようなはなしでした。

現実げんじつわらなくても、想像そうぞうの中で「檸檬れもん」のようなものを爆発ばくはつさせることは自由じゆうで、もっと自由じゆうに生きてみてもいいのかもしれないとおもったりもしました。

教科との関連

読者どくしゃの見方によって、無限大むげんだい教科きょうかとの関連かんれんを見つけ出せるとおもいます。読者どくしゃのひとりの私は、教科書きょうかしょで出会ったので、国語こくご授業じゅぎょうでの活動かつどうから広がりました。漢字かんじを調べることです。これはあまり好きではない活動かつどうで、面倒めんどうでした。でも、この小説しょうせつは違いました。知っているようで知らない身近なものを知り、「私」と私自身の心の内部を垣間かいま見ることができました。

鼠花火

例えば…「焦燥」「嫌悪」「神経衰弱」「辛抱」「享楽」「空虚」「絢爛」
「向日葵」「鼠花火」「南京玉」「琥珀」「翡翠色」「驟雨」「檸檬」

情景じょうけいおもかべることができなかったら、画像検索がぞうけんさくをしてみても良いかもしれません。「この言葉ことばが何を表しているのだろう?」と小説しょうせつえがかれた文章を想像そうぞうすることで、自分の内部の世界が広がることもあると思います。そして、「うれしい」「つらい」に集約しゅうやくされがちな自分の気持ちに気がつくことができるかもしれません。

現実げんじつを生きるということは時につらく、「得体えたいの知れない」あせりや不安ふあんでいっぱいになって、どこかに行ってしまいたいと思うことは人生のどこかであるかもしれません。大切たいせつな自分を守るために感じていることで、きっと自然しぜんなことです(と、私も教わりました)。その時の気持ちや取り環境かんきょうの中で出会った本は、何年か後にはわすれられない一冊になっていることもあります。『檸檬れもん』を読んで、自然しぜんな気持ちに思いをせてみませんか。

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