言葉でつなぐ、つながっていく④ 文章から、にじみ出る個性の不思議

読み物

さんかくすと文がえます

 

みなさん、こんにちは。
前回文体ぶんたいの話をしました。
同じ情報でも、表記ひょうきのされ方が変わると受ける印象が変わったりする、という話です。

今日は、情報そのものがどんなふうに伝えられるか、個性がどう表れてくるのか、注目してみたいと思います。

 

日本語の特徴とくちょうとしてよく指摘してきされることがあるのは、人称代名詞にんしょうだいめいし豊富ほうふです。
人称代名詞にんしょうだいめいしとは、人物を指し示す代名詞のこと。

まずは、自分自身のことを指す表現一人称代名詞いちにんしょうだいめいしについてみてみましょう。
ここに挙げられていないものでもたくさんありそうです。

 

いろいろな一人称代名詞

わたくし
多く、目上めうえの人に対する時や、ややあらたまった場合に用いる。男女ともに使う。


わたし
「わたくし」のくだけた言い方。現代では自分のことをさす最も一般的な語で、男女とも用いる。近世きんせいでは主に女性が用いた。
「私の家はこの近くです」「私としたことが」


あたし
「わたし」よりもくだけた言い方。男女ともに用いたが、現在では主に女性が用いる。

カエルの子ども。ウサギのぬいぐるみを抱いている。

あたい
主に東京下町したまち婦女ふじょ小児しょうにが用いる。


おれ
元来がんらい、男女の別なく用いたが、現代では、男子が同輩どうはいまたは目下めしたに対して用いる。
貴様きさまの仲」


ぼく
1 一人称の人代名詞。男性が自分のことをさしていう語。対等たいとうまたはそれ以下の人に対して用いる。
「僕んちにおいでよ」「君のほうが僕より若い」
2 小さい男の子に対して呼びかける語。

「僕のお名前は」
[補説ほせつ]

1は、現代ではしたしみのあるくだけた言い方として使われ、あらたまったときは「わたくし」を用いる。古くは「やつがれ」と読み、相手に対してへりくだる気持ちで用いられた。明治時代から、書生しょせい・学生が「ぼく」と読んで用いるようになった。

武士の格好をしたウサギ


拙者せっしゃ
武士が多く用い、本来は自分をへりくだっていう語であるが、尊大そんだい態度たいどで用いることもある。
拙者他言致たごんいたすまいが」


吾輩わがはい
男性が用いる。
1 おれさま。わし。尊大そんだいの気持ちを含めていう。

「吾輩にまかせておけ」
「今吾輩も此国このくにに生れて日本人の名あり」
〈福沢・学問のすゝめ〉
2 われわれ。われら。
「吾輩常に阿蘭陀 (オランダ) 人に朝夕してすら、容易ようい納得なっとくしがたし」


自分じぶん
反射代名詞はんしゃだいめいし。その人自身。おのれ。
「自分をかえりみる」「自分の出るまくはない」「君は自分でそう言った」
2 一人称の人代名詞。われ。わたくし。

「自分がうかがいます」
[補説ほせつ]

江戸時代、「御自分ごじぶん」の形で二人称の人代名詞としても用いられた。現代では「自分、昼飯ひるめしすませたか」のように、大阪方言おおさかほうげんの会話で、自分と同等どうとうの者に対するしたしみを表す二人称として用いられることがある。

西郷隆盛の姿をしたカエル


おいどん
鹿児島かごしま地方で)一人称の人代名詞。わがはい。


あっし
「わたし」のくだけた言い方。男性、特に職人しょくにんなどが多く用いる、いなせな感じの言い方。


オイラ
おれ。おら。ふつう、男性が用いる。


それがし
一人称の人代名詞。わたくし。
「それがしが栗毛くりげの馬は」沙石集しゃせきしゅう・八〉
[補説ほせつ]

中世以降の用法。もとは謙譲じょういの意であったが、のちには尊大そんだいの意を表す。主に男子の用語。


うち
わたし。わたくし。自分。関西かんさい地方で、多く女性が用いる。
うちいややわ」

女の子の格好をしたカエル


あたくし
主として女性が用いる。


わし
近世きんせいでは女性がしたしい相手に対して用いたが、現代では男性が、同輩どうはい以下の相手に対して用いる。
わしがなんとかしよう」
「こな様それでももぞいの、わしは病になるわいの」
〈浄・曽根崎そねさき


わらわ
女性がへりくだって自分をいう語。近世きんせいでは、特に武家ぶけの女性が用いた。



わたくし。われ。現代ではあらたまった文章や演説えんぜつなどで用いる。
余がらんとする倫理学説りんりがくせつ立脚地りっきゃくち」〈西田・ぜんの研究〉


小生しょうせい
男性が自分をへりくだっていう語。多く、手紙文に用いる。
小生もつつがなく日々を過ごしております
[補説ほせつ]
ふつう、自分と同等どうとうか、目下めしたの人に対して使うものとされる。例えば、上司に「本日、小生は体調不良たいちょうふりょうのため、会社を休みます」と言うと、横柄おうへいな発言と受け取られかねない。

goo辞書より


英語だと、みんな「 I 」と示されるものですね。

でも、こんなに主語があるのに、日本語の文章は主語を持たないことがある、ということもよく指摘してきされています。

 

M先生
M先生

それがなぜなのか…実はM先生の力が及ばず説明することができないのですが(ごめんなさい)
自分のことを示す表現の方法がたくさんあるということ
そしてそれをどう使うか(主語を文章の中で使うか・使わないか)次第しだいで伝わるニュアンスが変わってくる可能性がある
ということを意識してみると、その言葉に込められたメッセージをみ取ることができるのではないでしょうか。

 

 

この一人称の使い方は日本語を学ぶ外国の方たちにとってもむずかしいようですね。

例えば、皆さんは「わたし」と「わたくし」という言葉の持つニュアンスの違いは分かりますか?
また、どんなふうに使い分けていますか?

 

 

不思議なことにこうした一人称にはそれぞれのイメージがついているような気もします。
確実かくじつな、確固かっことした言葉の使われる意味、意図いとを説明することは時に困難こんなんですが、その言葉が背負せおってきた文化的なイメージや歴史的経緯れきしてきけいいを、暗黙的あんもくてきに理解していることが多いのです。

 

M先生
M先生

夏目漱石なつめそうせきの「吾輩わがはいねこである」という小説を知っていますか?
青空文庫でも読めます

主人公はある教師(珍野苦沙弥ちんのくしゃみという名前)の家に住む(われている)猫なのですが、この猫が猫視点してんで人間の生態せいたいを語る、という物語。


この猫さんは、あたし」とも「おいら」とも自称じしょうせずに「吾輩」と名乗るのですね。
有名な小説なので、冒頭ぼうとうの文章を知っている人も多いかもしれません…


吾輩わがはいは猫である。名前はまだ無い。

 

ね、猫が何かしゃべっている!しかも、「吾輩」って言っている!!と、物語の内容が気になってしまうような、心をわしづかみにするフレーズですよね。

読み物国語(こくご)言葉を書く文法の知識

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  1. H松 H松 より:

    M先生、人称代名詞のお話をありがとうございました。記事を読んで、私が小学生の頃、人称代名詞のトラップに引っかかって「やられた~!」と思った作品を思い出しました。星新一の、なりそこない王子という本の中に収録されている、「収容」という作品です。私、という表現の面白さを学べる作品と言えるのかもしれません(笑)内容は、どう考えても子ども向きではないですが…。ちょっと「おませ」な小学生にはピッタリかも。是非、お暇なときにご一読ください。

    • M先生 より:

      H松さん、コメントくださりありがとうございます!
      むむむ、星新一の『なりそこない王子』の「収容」という作品ですね!
      ぜひチェックしてみよう…!
      ちょっと話がそれますが、「私」と書かれている文章を読むときにみんな「わたし」と読んでいるのか「わたくし」と読んでいるのかは気になるんですよね。以前、点訳をお願いしたときに「わたし」と自分では読んでいたものが「わたくし」と点訳してくださっていたことがあって、点字ならではの文化なのか、読む人によって変わるのか、興味深かったのです。
      漢字の読み方は点訳など翻訳するときは、相当調べて訳されるそうですが、「私」レベルになるとどうも判断がつかないものなあ…と。
      なかなか興味深いところです。

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