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みなさん、こんにちは。前回に引き続き、山川静夫さんをお招きして、「歌舞伎のたのしみかた」を語って頂きます。
歌舞伎をたのしむ、「お約束」
山川さん、こんにちは。今回は、歌舞伎の「お約束」について教えて頂きたいです。
どうもどうも。山川でございます。今回もよろしくお願いします。
前回の歌舞伎特集をうけて、読者の皆さまから、歌舞伎の意味や舞台の演出の工夫について、とても興味がわいてきましたという感想をH松宛に頂きました。なかには、歌舞伎を楽しく観るための「お約束」をもっともっと知りたい!という声も…。
そんな皆さまからの期待にお応えできるよう、ところどころにH松の余談もはさみつつ、山川さんからのお話を頂いて、「なるほどなあ!」と読んでいただけるようなページにしていきたいと思います。それでは、よろしくお願いいたします。
歌舞伎って、どんなお話が「あるある」なの?
本日は、歌舞伎のお話の「お約束」からお話してまいりましょう。歌舞伎にはたくさんのお話がありますが、こういうパターンが「あるある」なのだなと知っておくと、実際に歌舞伎を観るときに大いに役に立ちます。そこで、私なりに、物語のパターンを分けてみました。こんなお話があるのかと、興味をもっていただけたら嬉しいですね。
曽我物
最初のパターンとして、曽我物と言われている物語についてお話します。曽我物というのは、敵討ちをするお話です。曽我十郎・五郎兄弟が、自分のお父さんを殺した工藤祐経という武士に復讐する機会を何年も待ち続け、最終的には富士山のふもとで工藤祐経を討ち取ります(殺してしまう、という意味です)。討ち取った後、騒ぎを聞きつけてやってきた工藤祐経の家来たちにお兄さんの十郎は切り殺されてしまい、弟の五郎も捕らえられてしまいます。五郎は、工藤祐経の上司の源頼朝の前に連れていかれます。源頼朝は、十郎や五郎が親の敵討ちを果たしたことに「あっぱれ!」と思いつつも、工藤祐経の家来や子どもの意見を聞き入れないわけにもいかず、五郎に死刑の判決を言いわたします。敵討ちを果たしたのに、最後は兄弟二人とも死んでしまうという悲しいお話ですが、この結末が多くの人の同情を生んで、敵討ちといえば曽我の兄弟のお話でしょう!と言われるようにまでなったのですね。大活躍をした弟の五郎に対して、信仰心を感じる人まで生まれてしまって、恩恵にあやかろうと、毎年正月に曽我物の歌舞伎を上演する慣習(なんとなくそうだよね、とみんなが思う決まり)ができます。お正月に、門松を飾ったり、お餅を飾ったりするようなイメージで、縁起の良いものとして曽我物の歌舞伎を上演するといえばもっと分かりやすいでしょうか。お正月になると上演がかかることが多いのだなあと思って、歌舞伎の演目を眺めてみると楽しいかもしれません。
お家物
お次は、お家物です。お家、というだけあって、家族の中で巻き起こされる「お家騒動」が描かれた物語です。平和な江戸時代、庶民(世の中の人たち)の関心をひいたのは、身分の高い大名たちの家庭内トラブルでした。歌舞伎をみにくる庶民たちの興味に合わせて、実際に起こった大名の家庭内トラブルを、お芝居のお話にしてしまったんですね。お家騒動のお話をみていくと、登場人物の名前が実際の事件の人物の名前を思わせるような名前になっていたり、タイトルがお家騒動の起こった場所を思わせるものになっていたりします。例えば、「伽羅先代萩」という歌舞伎のお話がありますが、これは仙台藩(今の宮城県の全体・岩手県と福島県の一部)をおさめていた伊達家のお家騒動のお話がもとになっています。仙台、という文字を使ってしまってはバレバレなので、先の代(何代目、の代ですね)と書いて「せんだい」というタイトルにしているわけです。タイトルの意味を調べてみると、歌舞伎が江戸時代の大衆演劇だったことが分かるようなものもあって、なかなかに面白いですよ!
デンデン物
デンデン物…。カタカナで、デンデンと書くわけですが、あまり聞いたことのない言葉ですよね。これは、歌舞伎に重要な音楽要素である、三味線の音からきています。歌舞伎の物語には、音楽劇のようなものもあって、中でも竹本義太夫さんという人が作った「義太夫節」という三味線音楽が流れる作品では「デーン、デーン」と何回も三味線の音が多用されます。三味線の音楽を楽しめる作品がデンデン物と言われているのだなと思ってくださいね。
近松心中物
さてさて、お次は近松心中物です。みなさんは、近松門左衛門さんという人を知っているでしょうか。人形浄瑠璃のとても優れた作品を作った人です。近松門左衛門さんは、曽根崎村というところで起こった心中事件(男の人と女の人が叶わぬ恋を思って2人で一緒に死んでしまったという事件)をなんと、人形劇の物語にしてしまうんですね。この物語が、曽根崎心中と言われる人形浄瑠璃です。劇はたちまち評判になって、「私も叶わぬ恋をしているから…」と心中ブームが起こり、江戸幕府が慌てて上演を取り締まるまでの社会現象になるまでに至ります。禁止令が出ていた江戸時代には、歌舞伎で曽根崎心中を上演することはできませんでしたが、昭和の時代になって、歌舞伎の演目としても上演されるようになります。歌舞伎を観に行ったとき、「曽根崎心中」「心中天網島」という文字を見かけたら、悲しいお話なんだな…とハンカチのご用意を!
白浪物
白浪…海の波のこと?と思われた方もたくさんいらっしゃるでしょう。実は、白浪という言葉は、「盗賊」のことを言います。昔、中国が漢と言われていた時代に、白波谷というところにいた盗賊集団のことを白浪賊と呼んでいたことから、白浪というと盗賊を言うようになったそうです。盗賊、というと悪いことをする人たちというイメージがありますよね。それならば、白浪物はドロボーを捕まえてこらしめる話なのか?と思うかもしれません。実は、そこが歌舞伎の面白いところで、白浪物の主人公は一般的には悪い人とされているドロボーたちなのです。もちろん、やっていることだけをみると、人の家に忍び込んだり、お金や物を盗んだりと「悪いこと」をしているには変わりないのですが…。歌舞伎の物語としては、盗んだ側にも言い分があって、盗まざるをえない状況に社会がその人たちを追い込んでいるのだ!と訴えるわけなんです。ドロボー側が自分の境遇を名乗ったり、盗みの理由を語るシーンには、数々の名台詞があります。
山川さん!私は、自分の生まれが静岡なのと、かかりつけのお医者さんが浜松市にあって、毎月1回は浜松市に電車や車で行っていたことから、聞きなれた地名がセリフに出てくるという理由で
歌舞伎の白浪5人男に登場する、日本駄右門のセリフが大好きです。
「問われて名乗るもおこがましいが生まれは遠州浜松在
十四のときから親に放れ、身の生業も白浪の
沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず
人に情けを掛川の、金谷を掛けて宿々で
義賊と噂高札に まわる配符のたらい越し
危ねえその身の境界も、もはや四十に人間の
定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ
賊徒の張本日本駄右衛門」
言葉に出して読んでみると、リズムが良くって、粋なセリフだなあ!とつくづく思います。
白浪五人男の、「逆瀬川勢揃い」の場面のセリフですね。あの場面は、いつみても華やかで美しい名場面だと私も思います。桜の花が満開になっている舞台に、花道から5人男が登場し、「志ら浪」と書いた番傘を持って見得を切り、自己紹介の名乗りをあげる…歌舞伎の魅力が詰まっているシーンです。似たような紫色の衣装を着ているのだけれど、それぞれのキャラクターに応じて微妙な違いもあって、そこに注目するのも醍醐味の一つでもあります。H松さんは、セリフのリズムの良さに注目してくれましたが、実は、5人それぞれのセリフが七五調でできているのですよ。
なんと!それはまったく気が付きませんでした。
まずはじめに、日本駄右門が「問われて名乗るもおこがましいが」と言いますね。そのセリフをきっかけとして、弁天小僧菊之助が「さてその次は江ノ島の」、忠信利平が「続いて次に控えしは」、赤星十三郎が「亦その次に連なるは」、南郷力丸が「さてどん尻に控えしは」と名乗っていく。それぞれの冒頭の言葉を数えてみると、七五調になっていると気が付けると思います。リズムの良さは、このように計算されたセリフからも成り立っているんですよ。
怪談・変化物
さて、お次は、夏にぴったりの怪談物・変化物です。夏になると上演の機会が増えます。お岩さんという女の幽霊が出てくる「東海道四谷怪談」というちょっと怖いお話が有名です。歌舞伎の舞台には、せり上がり(舞台の下から役者さんがポン!と登場すること)があったり、背景と思っていた板からクルっと役者さんが登場する仕掛けがあったりします。これらの仕掛けを活用して、いたるところからお岩さんが「うらめしや…」と登場するわけです。子どもの皆さんには、ちょっぴり怖い演出が続くかもしれません。でも、怖いと言われたら、気になってしまうでしょう?怖いもの見たさで、物は試し、ご両親もお誘いして是非一度、歌舞伎のこわーいお話をご覧ください。
松羽目物
お次は、松羽目物です。これは、能の影響をうけた演出がなされている物語のことです。源義経のために必死の活躍をする、弁慶の姿を描いた「勧進帳」というお話が代表例としてあげられます。舞台の背景に、大きな松の木の絵があって、舞台の左右には竹の置物が置かれ、おごそかな雰囲気のする舞台になっています。能の舞台を構成している要素が歌舞伎にも取り入れられているんです。大きな松の木が背景にあったら、「ほほう。これが松羽目物と言われている舞台かあ」と思ってもらってもよいかと思います。
新作物
歌舞伎というと、江戸時代にできた物語を想像しがちかもしれません。でも、歌舞伎には江戸時代以降に作られた物語もあります。私は、明治・大正時代以降に作られた歌舞伎の物語を「新作物」といっています。たくさんの作品があるので、ここで細かくお伝えするとそれだけでページが埋まってしまいますから、ほんのご紹介程度にお伝えいたしましょう。坪内逍遥さんという、今の日本の演劇の基本を作り上げた明治時代の作家が脚本を書いた「桐一葉」という作品があります。歌舞伎の作品のすべてが江戸時代の作品なのではなく、現代風の新しい作品もあるのだな、と思ってくださいね。
荒事と和事
最後に、-物という名前をつけてはいませんが、「荒事と和事」というくくりで、お話を紹介します。
荒事、というのは初代の市川團十郎さんが生み出した演技方法で、荒いという漢字が表す通り、勇壮な動きが魅力の舞台が繰り広げられるものです。勇ましい無骨な男の人が、悪事をつくす権力者に立ち向かっていく、「勧善懲悪」といわれているストーリーの作品が多くあります。悪いものをやっつける、ヒーローの物語です。初代の市川團十郎さんをご先祖様にもっているが市川家(世間では、市川海老蔵さんが特に有名ですね)です。スーパーヒーローを演じる荒事の芸は、市川家のお家芸になっています。
それでは、和事というのはどういったものなのでしょうか。こちらは、和やかという漢字が表す通り、荒事とは正反対の、やさしくまろやかな、二枚目(イケメン!)の演技が特徴的な演技方法です。初代の坂田藤十郎さんが和事の創始者とされています。女性のような、柔らかな身のこなしから生まれる品の良い動きが特徴です。
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