言葉でつなぐ、つながっていく④ 文章から、にじみ出る個性の不思議

読み物

さんかくすと文がえます

さて、次は、個性を表す文章表現として、語尾ごびを含めた文章表現にも注目してみたいなと思います。

 

人称代名詞にんしょうだいめいしにいろいろな表現がある、ということを見てきました。
それぞれ、どういうキャラクターが名乗なのっているのか、暗黙的あんもくてき想像そうぞうすることができる、という話をしましたが、語尾ごびがどんなふうになっているか、ということからもいろいろイメージを持って読み取ることができそうです。

 

白衣博士
白衣博士

わしも、よく考えたら自然とこういう口調くちょうになっておったなあ。不思議ふしぎなものじゃ。

 

例えば、「不思議ふしぎなものじゃ」という表現も、
一人称代名詞が「わし」だからこそ、合っているとは思いませんか?
いわゆる博士はかせという人物像じんぶつぞうにマッチしています。

 

M先生
M先生

そうじゃのう。
たしかに私がそういう言葉遣ことばづかいをするとおかしな感じや「わざとらしさ」があるかもしれんのう。

 

キャラクターの中にもとても印象的な言葉遣ことばづかいをする人たちもいますよね。
それがその味わいを深めています。


ある話し方を聞くと、それを話している人の人物像じんぶつぞうが頭に思いかべられるとき、あるいは、ある人物像じんぶつぞうを示されると、その人が話しそうな話し方が思いかべられるときその話し方のことを「役割語やくわりご」と呼んだりすることもあるようです。

 

例えば、その人が男性なのか女性なのか、ということも表現することができたりします。

夜景の見えるバーで、楽しそうにお酒を飲んでいる男女のイラスト

例えば‥‥。

  

もう8月も終わるな。どうだい?君は充実した時間をきっと過ごしていたんだろ?

ほんとうね、もう8月もあと5日を切ってしまっただなんて…。もっと夏を満喫まんきつしたかった、というのが本音ほんねだけど、贅沢ぜいたくはダメね。楽しく過ごせたわ。

 

などの会話があったとすると、
不思議なことにどちらが男性のセリフで、どちらが女性のセリフか、なんとなく想像がついてしまうのですよね。

しかも、話している内容は大したことないのに、子供らしからぬ口調くちょうですよね。

 

でも、ちょっとオトナな雰囲気ふんいきの男女の会話、というのは、
完全に読み手が勝手にえがくイメージであって、果たして実際にそうなのかどうかはわからないのです。
”そのように思える”だけで、あなたが、まったくことなった印象をいだいても、それが「間違まちがい」とは言い切れません。
でも、一般的いっぱんてきには、男性のセリフが先にあって、それに応じているセリフが女性の発言、ととらえるのが自然です。


そして、こうした男ことば」や「女ことば」といったニュアンスが出てくるのは日本語ならでは、の特徴とくちょうといえそうです。

 

ねこ
ねこ

そうにゃのかー。なんだか奥が深いんだにゃー。
ちょっとした言葉の使い方で、話し手の個性を伝えられるにゃんて、にゃかにゃかおもしろいものだにゃー。

  

 

最後に、『風が吹いたり、花が散ったり』という小説の中からの一節いっせつをご紹介します。
人称代名詞役割語にも注目しつつ、読んでみてくださいね。

 

亮磨りょうま君、来てくれてありがとう!」さちは、にこやかな笑みで亮磨りょうまの前に立った。「こちらは廉二れんじ君っていって、もともとこの人に伴走ばんそうをやってもらってるの」
「ちわっ」と、廉二れんじと呼ばれた男が不愛想ぶあいそう会釈えしゃくする。会釈えしゃくというよりは、ただ首を突き出しただけのようにも見えた。
 さちと二人きりだと思いこんでいた。亮磨りょうま落胆らくたんははかり知れなかった。よくよく考えてみれば、目が見えない若い女性が、素性すじょうの知れない男といきなりいっしょに走るなんてありえない話だ。廉二れんじがいるからこそ、さちは安心して自分をさそえたのだろうと思った。
「こちらは、さっき話した亮磨りょうま君」と、さちがとなりの廉二れんじに紹介する。
「ちわっ」と、亮磨りょうまもぎこちなく頭を下げた。
廉二れんじはジーパンのポケットに両手を突っ込んで、亮磨りょうまの全身を検分けんぶんするように、じろじろとながめまわしている。すような視線しせんえ切れず、亮磨りょうまがかるくうつむいていると、「わかんないんだよなぁ」というつぶやきが、突然頭上ずじょうから降ってきた。
「君はさ、駅でさちを助けただけの人なんだよね?」
 そう聞かれた亮磨りょうまは、「まあ……」と、うなずいた。後ろぐらい気持ちは、表情に出ないように押しかくした。
「いやいや、ふつう、ありえないよね?初対面しょたいめんの人に、いっしょに走りましょうって言われて、はい、よろこんでって、二つ返事で受け入れちゃうなんて」
「いや、まあ、二つ返事ではなかったんですけど」
「でも、来てんじゃん、実際」
「ま……まあ」ふたたび、曖昧あいまいにうなずく。常識的じょうしきてきに考えれば、たしかにこの人のいうとおりだ。なんの反論はんろんも思いかばない。さちをたおし、それをひたかくしにした罪悪感ざいあくかんから引き受けたなんて、まさか言えるはずがない。
「さちも、さちだよ」と、今度はその矛先ほこさきがさちに向かった。「たしかに、おれはなんとしてももう一人伴走者ばんそうしゃが必要だねって話はしたよ。でもね、まったくの素人しろうとを連れてこいなんて、だれも言ってないからな。駅で介助かいじょを申し出た見知らぬ人間にたのむなんて、はっきり言ってクレイジーだよ。ありえないって、マジで」
「いいじゃん、いっしょに楽しく走れれば」さちが、肩をすくめた。「亮磨りょうま君、すごい良い人なんだよ」

 

ばんそう」と言っていましたが、ピアノの伴奏ばんそうではない、ということはわかっていただけたでしょうか。
「走る」話をしていましたよね。

この小説は、朝倉宏景あさくらひろかげさんの小説で、視覚障害しかくしょうがいのある女性ランナーの伴走者ばんそうしゃとして未経験みけいけんのマラソンにいどむ19歳・フリーターが主人公の物語です。

文章中から何となくさっしてくださった方もいるかもしれませんが、ちょっと主人公の亮磨りょうま秘密ひみつかかえているんですよね。
それはいったいどんな秘密ひみつなのか、‥‥もしよかったらぜひ読んでみてくださいね。

 

読んでいただいた文章の中には、登場人物は3人出て来ます。
主人公の亮磨りょうまと、サチさん、廉二れんじさん。
なんとなくキャラクターの雰囲気感じていただけたりしたでしょうか。


誰が発した言葉か明記めいきされていなくても、読み手はだれのセリフかなんとなく理解しながら読んでいます。それも文体今日見たところの役割語が持つ機能きのうゆえともいえるかもしれません。

 

そして、実は文体だけではなく、さまざまな描写びょうしゃ登場人物とうじょうじんぶつ雰囲気ふんいきや個性、感情の動きなどが表現されていたりしますね。

言葉で説明してしまうと、なんだか野暮やぼなのですが、
そういうものの組み合わせ、総体そうたいで自分の好きな文章や心にひびく物語というものは出てくるのではないかなあと思います。

 

今、ブックレビューリレー実施じっししていますが、これからの季節は読書の秋!
ぜひこちらもみてみてくださいね。

 

M先生
M先生

今回の記事は、前回の記事を読んで「日本語ってなかなか翻訳ほんやくでは表しきれない繊細せんさいさがありますよね」というコメントをくださった方がいて、しみじみ考えさせられて書いてみました。
本当に面白おもしろいですよね。今回の記事では示しきれなかったこともたくさんあると思いますが、これからもいろいろと皆さんと一緒いっしょに考えていけるといいなあと思います。

 

読み物国語(こくご)言葉を書く文法の知識

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  1. H松 H松 より:

    M先生、人称代名詞のお話をありがとうございました。記事を読んで、私が小学生の頃、人称代名詞のトラップに引っかかって「やられた~!」と思った作品を思い出しました。星新一の、なりそこない王子という本の中に収録されている、「収容」という作品です。私、という表現の面白さを学べる作品と言えるのかもしれません(笑)内容は、どう考えても子ども向きではないですが…。ちょっと「おませ」な小学生にはピッタリかも。是非、お暇なときにご一読ください。

    • M先生 より:

      H松さん、コメントくださりありがとうございます!
      むむむ、星新一の『なりそこない王子』の「収容」という作品ですね!
      ぜひチェックしてみよう…!
      ちょっと話がそれますが、「私」と書かれている文章を読むときにみんな「わたし」と読んでいるのか「わたくし」と読んでいるのかは気になるんですよね。以前、点訳をお願いしたときに「わたし」と自分では読んでいたものが「わたくし」と点訳してくださっていたことがあって、点字ならではの文化なのか、読む人によって変わるのか、興味深かったのです。
      漢字の読み方は点訳など翻訳するときは、相当調べて訳されるそうですが、「私」レベルになるとどうも判断がつかないものなあ…と。
      なかなか興味深いところです。

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